《この道が修復される日は…》

僻地の過疎化、人口の都市集中、経済力の低下、自然環境意識の低下、等々。それによって、この道が修復される日はもう永遠に来ないかもしれない。世に、市民の税金によって作られ、なおかつ市民の利用できない道が、いったいどれだけ残されているのだろうか。
写真は2014年6月17日。場所は京都市の尾越久多林道と名づけられていたはずの道。ここに市民の、国民の税金を投入する気にはならないだろう。そうして自然に戻るのが最良のことかもしれない。道をつくるに当たっては、道路工事会社が潤い、社員やその家族や労働者が多少は生活のゆとりを持つことができただろう。ほとんど何のために作られたわからないまま放棄される道。バブル経済の残像がここにも残る。
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