月がなければこれが月のようなもので…

瀬谷こけし
 中秋の名月、真夜中まで待って、結局出なかったので、ならばこれを名月とすればよいのだ、と。要は丸いものをいただくこと。そして月が映してくれるひとと出会えればよいということ、こんな多くのひとに出会えたのだから、十分にお月見ができたことなのだ。こんな、まん丸の饅頭を用意してくれた人の才や配慮に感心する。
 二風谷のお月見、ほんとによい会だった。



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