遺品「鬼の寒念仏」

去年の年の〆に使った「鬼の寒念仏」の額。あの布は鶴見和子さんの遺品で、使われていた帯の一部だということだ。「御礼」として、ご親族の方から頂いた。わたしを支えてくれる数少ない方々。
わたしがこの道に入ったのは、梅原猛先生に触発されてのことだった。幸いに先生の知遇を得て仕事を続けてきた。だが気がつくとわたしの仕事なるものは、梅原先生と関係するものばかりだった。ある時それがわたしには情けなくなってきた。自立した仕事がしたい。誰にも依存することなく。
Windows95が登場し、インターネットがアクセスしやすいものになった。早速にわたしは「ホームページ」を作り、そこを自分の仕事を公開するための主要な場所とするようになった。後により手間の掛からない公開の場所として「ブログ」が登場してきた。わたしも主要な仕事の場所を徐々にブログに移していった。
鶴見和子の晩年の三歌集の読解も初めはブログに載せたものだ。歌集『回生』についての論は『日本歌人』誌にも載せてもらった。そして三歌集の読解を纏めたものは季刊誌『環』に載せてもらった。これはさる高貴な方が目に留めて下さったと聞いている。
そこで論じた問題はどう引き継いだらよいのか? 創作的には直観音楽の演奏で十分に引き継いでいるつもりだ。だがまた思想的にも継ぐべきものが残っている。まずは「アニミズム」の批判だろうか。はじめて行かなければならない。
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